東京地方裁判所 平成元年(ワ)13769号 判決 1991年3月08日
原告
コープ戸山台管理組合管理者石井暢
原告
上田重朋
右両名訴訟代理人弁護士
篠原みち子
被告
横山彰人
右訴訟代理人弁護士
山下俊之
主文
一 被告は原告らに対し、別紙物件目録記載の建物のバルコニー側の東側外壁の別紙図面表示の個所に存し、同図面に甲乙丙と表示してある三個の貫通孔に通してある配管・配線を取り外し、この三個の穴をセメントを以て塞ぐ工事をせよ。
二 被告は原告らに対し、別紙物件目録記載の建物のバルコニー側(南側)の東側外壁の別紙図面表示の個所に取り付けた同図面表示のガス湯沸かし器バランス釜を撤去し、右バランス釜設置のためのねじ穴をセメントを以て塞ぐ工事をせよ。
三 被告は原告コープ戸山台管理組合管理者石井暢に対し、金四〇万円を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は第一ないし三項にかぎり仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨。
第二事案の概要
本件は、一棟の建物の共用部分たる壁柱に、区分建物所有者たる被告が、私用に供するために貫通孔をあけて配管する等の行為をしたために、管理者及び他の区分所有者である原告らが、右穿孔等の行為は、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)六条一項に定める建物の保存に有害な行為等にあたるとして、同法五七条一項により、又は保存行為として、右穿孔等の行為による結果の復旧工事をなすよう求める他、不法行為による損害賠償請求として、本件訴訟提起と追行のために支払った弁護士報酬金四〇万円の支払いを求めるものである。
一争いのない事実
1 原告コープ戸山台管理者石井暢(以下「原告石井」という)は、平成元年四月九日、別紙物件目録記載の一棟の建物(以下「コープ戸山台」という)の区分所有者全員を以て構成されるコープ戸山台管理組合(以下「組合」という)の集会において、管理者に選任された者である。原告上田重朋(以下「原告上田」という)はコープ戸山台の建物番号三〇八の区分建物所有者であり、コープ戸山台の共用部分の共有者の一人である。被告は、別紙物件目録記載の区分建物(以下「本件建物」という)の所有者である。
2 本件建物のバルコニー側(南側)の東側外壁(以下「本件壁柱」という)は、コープ戸山台全体の壁柱の一つであって、構造上の共用部分である。
3 本件壁柱の別紙図面表示の個所に、同図面に甲乙及び丙と表示してある三個の直径六糎及び八糎の貫通孔(以下「本件孔」という)があるが、被告は昭和六三年五月頃、甲と丙の孔を開け甲乙丙の三つの貫通孔に配管配線を通し、かつ同図面表示の個所に幅三五糎長さ五〇糎厚さ一〇糎重さ14.5瓩のガス湯沸かし器バランス釜(以下「本件釜」という)を取り付けた。なお被告は乙の孔は、被告が開けたのではないことを理由に、その修復義務の存在を争っている。しかし乙の孔はコープ戸山台新築の当初から存在していた別紙図面表示の丁の孔とは異なり、その建築後に穿孔されたものであることについては当事者間に争いがない。とすると被告が開けたのではないとしても、本件建物の元の所有者が開けたものである。ところで区分所有者又は管理者が共有部分等につき他の区分所有者に対して有する債権は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができるとされているから(区分所有法八条、七条一項)、いずれにしろ被告は修復義務の承継を否定することはできず、乙の孔を開けたのが被告なのか元の所有者なのかの違いは結論には影響を及ぼさない。
4 組合は、平成元年四月九日の集会において、被告に対し、本件孔を塞ぎ本件釜を撤去して、本件壁柱の原状を回復するよう請求する訴訟を提起することを決議し、原告代理人弁護士に着手金として金四〇万円を支払った<証拠>。
二争点
本訴請求が権利の濫用として許されないかどうかが、主要な争点である。
第三争点についての判断
一被告は、本件孔は小さなものである上、その穿孔にはダイアモンドカッターを使用して慎重を期し、鉄筋を切断又はそれに損傷を加えていないし、本件釜は小型であって本件壁柱には殆ど負担がかからないから、本件壁柱の強度を弱めていないし、その強度に影響を及ぼす行為ではない、と主張している(被告は一級建築士であって専門知識を有するので、穿孔等については特に慎重を期したと主張している。)。しかし区分所有法五七条により、その行為の結果の除去を求めることができる行為は、建物の保存に現実に有害な行為に限定されない。区分所有法一七条一項は、共有部分の変更は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議で決するものと定める。各区分所有者がたとえ建築の専門家であったとしても、それぞれ独自の判断により、悪影響を及ぼさないとの結論を下して、共有部分に変更を加えること自体、現実には建物に有害なことではないとしても、有害となるおそれがあるために、建物の管理又は使用に関し、区分所有者の共同の利益に反する行為ということができる(区分所有法六条一項)。もっとも被告は、現実に有害な行為の結果だけが除去の対象となることを主張しているのではなく、本訴請求が権利の濫用となることの理由の一つとして被害がないことを主張しているのであるが、そうだとしても複数の区分建物を有する一棟の建物の保守維持のためには、各区分建物所有者の判断による勝手な行動は許されず、そのためにはまず集会の議を経なければならないという原則は遵守されなければならず、現実の被害の有無は権利濫用の理由の一つとしても重きを置くことはできない。
二本件建物内には、もともとガスレンジ、湯沸かし器、風呂のバランス釜の三個のガス器具が設置されており、前二者の排気は屋上に通ずるダクトにより、バランス釜の排気は廊下側(北側)に抜ける排気孔によっていたが、被告が昭和五八年三月四日に本件建物を買って入居する以前に、右のバランス釜ともともとの浴槽は取り外されて廊下側の排気孔は塞がれ、それに代えて洋式の細長いバスタブに湯沸かし器から給湯していた。そのような方法は湯沸かし器の能力を超えていたものと思われ、熱い湯が出ないしシャワーの勢いも弱いだけでなく、湯沸かし器の消耗も激しく、途中で湯がなくなったり、火が消えたり、点火すると大きな爆発音とともに炎が吹き出すなどの故障が度重なった。被告は東京ガスに依頼して度々修理をして貰ったが、湯沸かし器が酷使され過ぎてしまったものであるために、数日するとすぐに元に戻ってしまった。この問題を根本的に解決するには、湯沸かし器を新品に取り替えるのが最も有効であったが、既設の湯沸かし器と同種の湯沸かし器は製造されていないので入手できず、新製品を取りつけるとなると、その後のガス関連法令の改正により、既存の排気孔は安全基準に達しないので使用できなかった(<証拠>)。被告は、独身の間はできるだけ外食をしたり銭湯を利用し、建物内のガス湯沸かし器を使用しないようにして不便を忍んできたが、結婚することになったことから、昭和六三年二月頃、本件壁柱に、本件甲丙の孔を穿孔して貫通させて甲乙丙の孔に排気管を通し、既存の湯沸かし器を取り外して本件釜を設置したのであった(<証拠>)。
しかしこれらの事情は、被告のなした穿孔等の行為を正当化するものではない。使用に耐えなくなっていたのは、湯沸かし器だけであって、その他のガス器具が使えなかったのではないから、直ちに日常生活に支障を来たしたわけではない。たしかに本件建物内で風呂を使用できないことは不便には違いないが、元の区分所有者がバランス釜を取り外してしまったために、風呂の使用には支障があることを承知しながら、本件建物を取得したのであったから(<証拠>)、解決策が得られるまでは、勝手に共有部分に変更を加えるのではなく、被告が現に行っていたように銭湯を利用することなどにより忍ぶべきであった。他の区分所有者についても古くなった湯沸かし器の故障等のために不便があったとしても、風呂の給湯にはバランス釜を用い湯沸かし器は使用していなかったから、その不便の程度は大いに異なっていたのである。のみならず組合としても検討を重ねており(<証拠>)、被告が本件孔の穿孔を行った昭和六三年三月よりも前である昭和六二年一〇月二〇日には、東京ガスから警報器とストッパーを取り付ければ既存の湯沸かし器を継続使用することもできるとの回答を得ることができたし、廊下側(北側)に新製品のガス器具を設置し廊下側の壁(壁柱ではないから貫通孔を穿孔しても建物の強度に影響はない)に排気孔を設ければよいとの解決策も示されたので、その頃これらの解決策を区分所有者に知らせたのに(<証拠>)、被告はこれを無視して本件孔の穿孔等を強行したのであった。
三被告は、被告が本件孔の穿孔や本件釜の設置をした昭和六三年三月以前は、共有部分の変更につき集会の決議やその前提としての理事会に諮ること等の手続は実際には行われておらず、区分所有者がそれぞれの判断で工事を行っており、そのような手続が実際にも行われるようになったのは、昭和六三年五月一日以降のことであるから、今更その修復を求めるのは不当であると主張するが、そうだからと言って共有部分の変更についての集会の決議を不要ならしめるものではないが、証拠(<省略>)によれば、昭和六〇年八月時点において既に共用部分の変更について、区分所有者が事前に届け出る手続が行われていたことが認められるから、被告のこの点に関する主張は理由がない。又被告は、他の区分建物所有者(複数)も本件の壁柱と同様の壁柱に、それぞれ二つの貫通孔を開けて使用しているのに、これらを放置したまま被告だけを責めるのは不当であると主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
他に原告らの本訴請求が権利の濫用であるとの被告の主張を裏付ける事実を認めることはできない。とすると原告の請求には理由がある。
(裁判官髙木新二郎)
別紙<省略>